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応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱

呉座勇一
(144)

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作品情報

あらすじ

室町後期、諸大名が東西両軍に分かれ、京都市街を主戦場として戦った応仁の乱(一四六七~七七)。細川勝元、山名宗全という時の実力者の対立に、将軍後継問題や管領家畠山・斯波両氏の家督争いが絡んで起きたとされる。戦国乱世の序曲とも評されるが、高い知名度とは対照的に、実態は十分知られていない。いかなる原因で勃発し、どう終結に至ったか。なぜあれほど長期化したのか――。日本史上屈指の大乱を読み解く意欲作。

作品詳細情報

タイトル:
応仁の乱 戦国時代を生んだ大乱
ジャンル:
心理・思想・歴史歴史・地理日本史
著者:
呉座勇一
出版社:
中央公論新社
掲載誌:
ファイルサイズ:
7.5MB
配信方式:
ストリーミング、ダウンロード

作品レビュー

[ 2017-1-2 ]

なかなか面白かった。
日本史有数の大乱であったにもかかわらず、その実際については戦国時代ほど知られているわけではない「応仁の乱」について、出だしを大和国の視点で説き起こすという新しい切り口で叙述した著者の野心作であると思われる。
ただ、野心作ということもあるのだが表題として『応仁の乱』というのはいささか不正確なきらいがあり、叙述内容からいって『大和国と応仁の乱』または『興福寺大乗院と応仁の乱』とでもすべきだろう。

興福寺大乗院門主にして興福寺寺務(別当)であった経覚と尋尊の目で辿る応仁の乱。それぞれの日記である『経覚私要鈔』と『大乗院寺社雑事記』を主なテキストとし、応仁の乱の前提のひとつである大和国の争乱から叙述を始めるところが目新しくとても勉強になった。
『経覚私要鈔』と『大乗院寺社雑事記』という両者の立場で比較的に応仁の乱全体を見通すことができ、また大和国という守護不設置で衆徒・国民が割拠しながらも敵対したり一揆を結んだりと混迷を繰り返す大和国の特殊事情が興味深いため著者もこの舞台背景にしたものと思われる。

尋尊の『大乗院寺社雑事記』は高校教科書にも登場するお馴染みの史料なわけだが、今回、経覚の『経覚私要鈔』と相照らしてみてそれぞれの性格からくる分析態度の相違にはなかなか興味深いものがあった。
九条家の出である経覚に対し、経覚が将軍足利義教の逆鱗に触れ更迭された後、尋尊が二条家より新門主として迎え入れられたという過去を持つ二人。著者によればその性格も対称的なものであるという。
先例にとらわれず柔軟に対処するが長期的展望に欠け、その場しのぎの対処をすることもある経覚に対し、常に冷静沈着で軽々しく判断を下さず記録を調べ先例により方針を決定しようとする尋尊。悲観的でことあるごとに「神罰が当たる」とか「仏敵」とか口汚く罵るのも尋尊である。
この辺りの視点の相違というのもなかなか面白い。

さて、「応仁の乱」であるが、著者によると東西両軍ともここまで長引くものとして争乱を起したのではないとする。
もともと畠山家の内紛により義就方と政長方に分裂したのが大乱の主要な引き金だったとするが、山名宗全が反細川連合を目的に義就を京都に呼び寄せ、放っておいても義就と政長の御霊合戦では義就が勝ったと思われるのに宗全が味方し、メンツを潰された細川勝元が宗全に対し決起したというのがそもそもの起こりで、それに将軍家、斯波といったお家騒動を持つ連中たちが次々とくっつき、大内や赤松など別の野心を持つ者なども呼び寄せた挙げ句に収拾がつかないまま11年にも及ぶ大乱になったということである。

大乱では朝倉孝景や斉藤妙椿など守護代クラスの活躍があり、それに乗じて下剋上が起こり得たと思いきや朝倉孝景のようになかなか上手く事が運ばなかったり、反面、家臣の意のままにならぬ守護に対し「主君押込」があったり、また、著者が戦国大名のはしりと評価する畠山義就の存在や、山名氏のように親子で東西に分かれたり、裏切りや寝返りがありと何でもありの様相となり、大乱はますますの混迷を深めていくことになる。
最初の頃は仲介の労をとろうとした将軍義政や日野富子ではあったが、金儲けにはしる富子や峻烈な性格であったという足利義視らの存在は混乱に何の足しにもならず、結局、東軍の経済封鎖作戦が西軍方の五月雨の降参を呼び込むことになり、義政が西軍方の諸将をそれぞれ許すことで乱が収束していったとのことである。畠山義就の存在を除外して・・・。
畠山義就はその後、河内国へ転戦し、隣国の大和国の衆徒・国民ら(筒井、越智、古市など)を巻き込みながら推移し、有名な山城国一揆をも生起させることになる。

将軍義政については優柔不断ということだが、記載箇所によってはわざと守護の力を削ぐ謀略を行ったり、戦争終結の見極めを正確に行っていたりと一見矛盾した記述のようになっているが(他の人もこういう記述がある)、そこはご愛嬌ということにしておこう。(笑)

大乱時の大和国は疎開先であったようで、一条兼良をはじめ京より多くの貴族が乱を逃れ奈良にて遊興の日を送ったとのことである。
その中で興味深かったのはやはり古市胤栄が行った「林間」(風呂付宴会)や、お盆時の念仏風流禁止令を逆手にとり、壊れた風呂釜を修理費を捻出すべく企画した風流小屋(日本最初の有料ダンス・ホールとのこと)である。動乱の時代でもなかなか乙でたくましい人物がいたものと感心した。但し、古市胤栄の末路は哀れなものであったが・・・。

また、この時代に目を引くのは僧侶が現代の感覚とは違うことであるが、特に大乱ともなると一層際立ってくる。
将軍家からして義教といい義視といい僧侶出身なのに過激で峻烈な性格を持ち大乱の大きな要素ともなっていたり、斉藤妙椿や経覚の宿敵・成身院光宣など本当に僧侶として仏事に付いていたはずが武将として活躍することになっていたりとこういった感覚の違いにもなかなか面白いものがあると改めて感じた。

大和国からの視点で語るという斬新な切り口の「応仁の乱」であったが、これはこれで面白かったと思う。
だが、「応仁の乱」そのものを網羅しているかというと・・・、どうなんだろう?(笑)

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