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誰のために法は生まれた

木庭顕
(6)

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作品情報

あらすじ

追いつめられた、たった一人を守るもの。
それが法とデモクラシーの基(もと)なんだ。

替えのきく人間なんて一人もいない――
問題を鋭く見つめ、格闘した紀元前ギリシャ・ローマの人たち。
彼らが残した古典作品を深く読み解き、すべてを貫く原理を取り出してくる。
この授業で大切なことは、感じること、想像力を研ぎ澄ませること。

【最先端の知は、こんなにも愉快だ! 中高生と語り合った5日間の記録】

映画を観たり戯曲を読んだりのあと、中高生との対話がはじまる。
さぁ、本当の勉強をはじめよう。
「教養どころじゃなく、自分の価値観とか、ぜんぜん、すごい変わる授業」
「人生の大事な一部分になりました」――生徒

作品詳細情報

タイトル:
誰のために法は生まれた
ジャンル:
社会・政治・法律法律
著者:
木庭顕
出版社:
朝日出版社
掲載誌:
ファイルサイズ:
11.5MB
配信方式:
ストリーミング、ダウンロード

作品レビュー

[ 2019-2-4 ]

諸富徹氏が新聞で、中高生向けに行われた講義をまとめたものの一冊として紹介していて、気をひかれたのだけど、読むかどうかちょっと迷った。というのも、同時にヒット作としてあげられていた「それでも、日本人は『戦争』を選んだ」を以前読んだとき、すごく苦労したからだ。もちろん、非常に考えさせられる内容で、知的な刺激に満ちていたのだが、それだけに咀嚼するのが大変で、生徒さんたち(かの栄光学園)の賢さに降参という思いだったのだ。またあんなのだったらツライなあと、腰がひけてしまう。

結論から言うと、確かにこれも難しいが、それ以上におもしろかった!何と言っても導入がうまい。溝口健二監督「近松物語」をみんなで観てから、それを取っ掛かりにしていろいろ考えていくというスタイルで、木庭先生と生徒のやり取りで講義は進んでいく。生徒さん(桐蔭学園)が賢いのは言うまでもないけど、いたって自然な感じの受け答えをしていて、そこがとても良かった。

「近松物語」を私は知らなかったが、木庭先生の解説一つ一つに「なるほどなあ」と感心してしまった。「グルになって力を行使する側に、個人はいかに立ち向かうか」というテーマがここで提示されている。力の理不尽な行使によって、最も傷つけられ虐げられるのは(若い)女性と子どもであり、そこを描いた作品を読み解くことによって「法」「政治」を考えていこうとするのだ。

四回目までの講義は、そうした作品をまず観たり読んだりしてから行われる。第二回のイタリア映画「自転車泥棒」は、昔観たとき、主人公親子があまりにもかわいそうで「二度と観たくない」と思ったほどだったが、指摘されてみると、確かにこれも「近松物語」と通じるものをはらんでいる。

第三回第四回は、なんとローマ喜劇とギリシャ悲劇の台本を読んでから、というもの。ここは正直難しくて、読むのに時間がかかった。前置きなしに「法」「政治」という言葉か使われるので、意味するところをなかなかつかめない。しかし、こここそがこの一連の講義の主眼。本質的なことを鋭くとらえていく生徒さんたちの若く柔軟な頭脳がうらやましい。

第四回はギリシャ悲劇が題材だが、ここでの講義には、うーんと唸る箇所が随所にあった。「デモクラシーはギリシャで生まれた」という受験的知識がどれほど空疎なものだったか、ほとんど愕然としてしまった。権力の横暴を許さないためにあるはずの民主主義が、かえって個人を抑圧するという逆説は、民主主義が制度疲労をおこしてきた現代の問題だと思っていたが、すでにギリシャの人たちはその病理に自覚的だったというのだ。この問題をどうクリアしていくか、それこそが民主主義の要諦であると。

「まずかけがえのないもの(主に身体と精神)を侵害されている人を、暴力からブロックする。これはアプリオリなもので、どちらが正しいかを決める必要はない」
遙か昔、こうした知見にたどり着いていた人たちがいたとは。一体自分は何を学んできたのかとわが身を振り返ってしまう。「多数決で決めたから」「選挙に勝ったから」正当であるという粗雑な論理がまかり通ることに、無力感を感じずにはいられないが、「それでもやっぱりおかしいよ」と言い続けなければと思う。

第五回は、実際の最高裁の判例。現在のあり方が、「最も弱いもの、虐げられたものを守る」という法の精神からいかに遠いか、情けないほどよくわかる。

全体を通して、対話形式なので読みやすいが、決して中高生向けにかみ砕いた内容なんかじゃない。生徒の一人が、講義の感想として「教養になるかなぐらいの気持ちで参加したけど、教養どころじゃなくて、自分の価値観とか、ぜんぜん、すごい変わる授業だった」と言っていた。本気の学者の迫力は通じるということだろう。


むむ、と思った箇所の覚書。

・政治は集団のゴタゴタした利益交換を払拭するためのものだったはずなのに、利益志向に固執して他のことをまったく考えなくなっている。敵味方思考は究極の集団思考だ。その集団への帰属原理のうち、最も強力なのは血と土、血縁とテリトリーだ。
集団を排除する正しい政治的決定に対してさえ例えば人権のためにノーを突きつけるのがデモクラシー。そのノーを突きつけるとき、土地に貼りついて連帯し、有力者の子分が入り込んできてかき回すのを排除するために、メンバーを血縁とテリトリーで閉鎖する。団結して自由を守るためだ。しかしこれが政治を駆り立てて、敵味方思考を経て、むしろ民衆が戦争に向かわせる。利益志向と並ぶデモクラシーの病理だ。

・デモクラシーの精神というのは、単に厳密な議論で物事を決定するというだけでは足りない。その前に厳密に調査してデータを取ったり、データの信憑性を吟味したりとか、二重三重に厳密にする。だからここから歴史学や哲学が生まれる。
デモクラシー万歳で安住するようなのはデモクラシーではないということです。デモクラシー自身について徹底的な病理分析の手を緩めない。これがデモクラシー。

・ポイントがいくつかある。第一に連帯が大事だということになります。しかし第二に、やたらと肩を組んで、その辺の飲み屋さんで演歌かなにか唄っちゃう、とかいうのは、連帯でもなんでもない。なにせ、グルと正反対でないといけないのだから。大事なことは完璧に一人ひとりが削ぎ落とされて、孤立して、一人になっている、ということだ。ほとんど追い詰められていると言ってもいい。だけど人間は、よくよく見てみると、それぞれは孤独な一人だ。そうなって初めて本当の連帯が可能になる。