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作品情報

あらすじ

「ゆとり」か「詰め込み」かなど、教育を巡る議論には様々な対立と齟齬が渦巻いています。こうした混乱を越え、どうすれば<よい>教育を作ることができるのか。<よい>教育のためにはどのような学校がいいのか? そのための教師の資質とは? 本書は、義務教育を中心に、どのような教育が本当に<よい>と言えるのか、それはどのようにすれば実現できるのかを原理的に解明し、その上で、その実現への筋道を具体的に示してゆきます。(講談社現代新書)

作品詳細情報

タイトル:
教育の力
ジャンル:
教育・語学・参考書教育教育一般
著者:
苫野一徳
出版社:
講談社
掲載誌:
ファイルサイズ:
0.8MB
配信方式:
ストリーミング、ダウンロード

作品レビュー

[ 2014-4-2 ]

デューイの系統を受け継いだ新教育と伝統的な教育を、必要や状況に応じて組み合わせて提供することを20〜30年かけて実現するという、革新の情熱と客観的視座による冷静さを合わせ持った主張と理解した。

賛同する点として大きく二つ挙げたい。
第一に、教育が進むべき姿を表す3つのキーワードのはじめに「個別化」を置いている点だ。第二のキーワードの「協同化」は、それだけを見ると、一斉授業にグループ学習を時々入れ込むことをしている教員が「自分の授業はすでに協同型の学びになっている」と勘違いさせてしまう恐れがある。「みんな」で意見を出し合っていれば、学び合っていると考えるのだろう。しかし、「協同型の学び」は、あくまでも個が主体として動くという前提に立っている点で、伝統的な一斉授業とグループ学習の組み合わせとは、異なる。
まずは、個別化がなされて、そこに協同化が織り交ぜられていく。
そこに向かって教員に求められるのは、「一人ひとりの学びを支え導くとともに、学びの協同化をファシリテートする」力だと著者は言う。ここに大きく共感する。

第二に、著者が哲学から導いた教育のあるべき姿を具体化する個別化&協同化、そしてプロジェクト化というキーワードを挙げる一方で、必ずしもみんなが最強のファシリテーターである必要はなく、いろんな教員がいていい、要はそれらの教員の協同だという点である。
自分が属する初等教育の場においても、様々な教員がいるが、個別化、協同化しない教員が全否定されるべきではないと考える。伝統的な教育のあり方であっても、二十年、三十年というキャリアはそれ自体尊重されるべきであり、実際、引き出しは多い。協同相手に学ぼうとする姿勢が互いにある限り、多様な経験は歓迎されるべきである。私から問題提起すれば、経験のことなる人々が互いの実践に学びあい、児童がその恩恵を得るためには、どの程度の協同がなされる必要があるにだろう。
現在の自分が属する革新が目指されている文脈では、プランニングの共有レベルでは十分ではない。十分ではないという意味は、革新的な素人と伝統的なエキスパートが分かれてクラスを持つと、後者が前者と比較されて保護者に批判されてしまう。プランニング以上の更なる協同のためには、初等教育上望ましくないかもしれないが、教科で責任をわけて同じ集団に両方が関わるというあり方も必要になってくると考えられる。しかし、いわゆるティームティーチングは、流れだけでなく、形成的評価を共有しようとすると、両者が同じ人間になることを目指すようのものになり、事前に時間がかかる。既に確立されている実践を変えて行きたいと願う場合、考えなければならない事由だろう。

自分としては検討が必要と感じた点を一つ。最近見させてもらった実践と一緒だったが、グループ学習をしていて、学びが成立しているt時は教員はなるべく関与しないという点がなるほどと思いつつ、引っかかった。ファシリテーターというより、いつも一緒という訳にはいかないが、協同参加者という立場で、教員がともに話し合い、考え合うことにはどんなデメリットがあると想定されているのだろうか。この辺りを考え、実践したいと思った。

最後に、何度もデューイに端を発する新教育やオープンプランのことが述べられ、奈良女や伊那の学校が挙げられているのに対して、個人的なことで申し訳ないが、日本初のオープンプランスクールを謳い、開校前に職員がデューイスクールにも見学に行ったはずの前職が全く例としてあがってこないことを勤めていた人間としても不甲斐なく思わずにはいられない。そして、現在勤める学校がこのような主張を支える一例として挙げられるよう進むことを祈っている。

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