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モーツァルト キラキラ星変奏曲 K.265 ピアノ・ソロ

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あらすじ

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モーツァルト:キラキラ星変奏曲 K.265 ピアノ・ソロ【プチプカ シリーズ】

「ああ、お母さん、あなたに申しましょう」による12の変奏曲
Ah! vous dirai-je, Maman
キラキラ星変奏曲 K.265 1781年出版

ウォルフガンク・アマデウス・モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart
1756年1月27日~1791年12月5日

 ハイドンと共に古典派としてのスタイルを確立した人物。
 ザルツブルグの宮廷のバイオリン奏者の子として生まれる。
 彼はすでに3歳の時に、姉(ナンネル)のクラビアを聞いて3度の和音を弾き当てることができたというほどの「神童」だった。5歳の時からはクラビアの即興演奏を始め、この時代の演奏は父(ヨハン・ゲオルグ・レオポルド・モーツァルト)によって「ナンネルの音楽帖」として残されている。
「神童」という評判は、父や姉らと共に行なったヨーロッパ各地の王族・貴族たちの演奏会でさらに高まることになる。
 1762年は、ミュンヘンでバイエルン選帝侯の宮廷で演奏会。続いてウィーンへ赴き、女王マリア・テレージアに招かれて宮廷で演奏会を。共に大評判を取った。
 その後、一家は、フランクフルト、パリ、ロンドンと旅を続け、どこへ行っても絶賛されることになった。14歳の時(1770年)、イタリアで行なった演奏会では、時のローマ法王から「黄金拍車の騎士」という名誉勲章をもらうまでになる。
 同じ年、ローマ・システィネ教会の秘曲中の秘曲と言われた「ミゼレーレ」を、一度聞いただけで、楽譜に移し替えてしまったという逸話は有名である。
 長い旅行からザルツブルグに帰ったモーツァルトは、宮廷のオルガニストとして一度は落ちつくが、音楽に理解を示さないコロレード司祭と折り合わず、ハイドンと知り合ったウィーンや、パリなどで就職活動を進めたが思うにまかせなかった。結局、司祭との関係は決裂し解雇処分となる。
 1781年、ウィーンに住むことを決める。
 このウィーン時代(彼の人生の後半)に、3大オペラ「フィガロの結婚」「ドン・ジョバンニ」「魔笛」が生まれ、「ハフナー交響曲」ほかピアノ協奏曲、セレナード、弦楽4重奏曲など彼の代表作の多くが作られている。
 30代となったモーツァルトは、作家としてもピアニスト/オルガニストとしても、当時のヨーロッパ音楽において頂点に達した人物となった。しかし反面、経済状態も、小さい頃から病弱だったその体も、急激に思しくなくなっていく。借金の申し入れの手紙が増えていったのも1788年(32歳)からだった。
 1791年9月、「魔笛」が大好評のうちに初演を終える。同年11月、モーツァルトは病の床に就く。同年12月5日、帰らぬ人に。
 35年という、短い人生だった。

>2013年6月29日 初版
>2016年3月30日 第二版(画像の画質を向上)

※【プチプカ シリーズ】は、浮かぶ音符仕様で書かれた楽譜です。

作品情報

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タイトル:
モーツァルト キラキラ星変奏曲 K.265 ピアノ・ソロ
ジャンル:
趣味映画・音楽・演劇音楽総合
著者:
Wolfgang Amadeus Mozart
出版社:
リムショット
掲載誌:
ファイルサイズ:
4.2MB
配信方式:
ストリーミング、ダウンロード