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作品情報

あらすじ

数多い仏教書の中でも「いづれの行も及びがたき身なれば,とても地獄は一定すみかぞかし」といった『歎異抄』の文言ほどわれわれに耳近いものはあるまい.親鸞滅後,弟子唯円が師の言葉をもとに編んだもので難解な仏典仏語がなく,真宗の安心と他力本願の奥義が,和文によって平易に解かれている.段ごとに大意を付した.

作品詳細情報

タイトル:
歎異抄
ジャンル:
心理・思想・歴史宗教宗教・仏教
著者:
金子大栄
出版社:
岩波書店
掲載誌:
ファイルサイズ:
0.7MB
配信方式:
ストリーミング、ダウンロード

作品レビュー

[ 2018-9-23 ]

あまりにもモダンな考え方で衝撃を受けた!

歎異抄は親鸞(1173-1262)の教えを直弟子の唯円がまとめたと言われる書。親鸞の没後作られた。親鸞の教えをやさしく説明したもので、大きく分ければ前半が親鸞の言行録、後半がそれに対する唯円の解説となっている。

わたしにはどんな宗教に対しても信仰はなく、他力本願という言葉くらい聞いたことはあるけれども…… 「他力本願なんて、なんてテキトーで安易な教えなの。修業するとまではいかなくても、生活に気をつけるとか、よいことをするとか、そういうのはないの?」というふうに考えていたけれども、ぜんぜん違った。

ここからはわたしの読み。

「他力本願」とは、簡単にいえば「阿弥陀仏を信じてひたすら念仏を唱えれば誰でも往生できる」ということで、やることといえば念仏を唱えることしかない。
やること自体は誰でもできて、断食とかもなくて簡単そうだが、実はこの“信じる”がポイントでかつ、究極的なクセものだ。

わたしの理解では「信じた」とか「理解した」とか言葉でいえる程度ではぜんぜん信じたことになってなくて、もう疑問にすら思わない、自分にとって常識化して、意識して思い出そうとしなり考えたりしない限り意識に上ることもないくらい、いやそれよりも上だな、二度と意識に上ることはないくらいにまで、“信じ切る”必要があるということを、親鸞は手を替え品を替え繰り返し言っている。

 なにを信じるの? まあ表面上は「阿弥陀仏」ということになるんだろうけれども、おそらくそうじゃない。こういう言い方をすると自力──他力の反対。自分の意思で何かをおこなうことで、親鸞は自力の信仰を全面否定している──が混ざるので言い方が難しいけど、抽象的には「死後の世界は怖くない、もしくはどうであっても少なくともいまの自分に理解できることではないから、この世に生きるあいだはこの世で生きていること自体に完全な信念を持て」ということなのではないだろうか。

つまり、あなたが多少なにかで失敗したとしても、悪い事をしてしまったと思っても、そういうのをいちいち悔やんではいけない、死後の世界を気にかけるよりもいまが大事で、いまを生きていればその先は勝手についてくる(というか導かれる)、ということを完全に信じて、そのように生きなさい、と言っているように思える。

なるようになるというか、ケセラセラというか。そういうのに完全に身を任せよと。

なんだそんなことか、そんな無責任でいいのかって思うけど、でもねえ、それを自分の人生で完全に実践せよと言われても、たぶん難しいだろうな。