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はだしのゲン わたしの遺書

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作品情報

あらすじ

自身の被爆体験をもとにしたまんが『はだしのゲン』で知られ、原爆の恐ろしさを訴え続けてきた著者が、73年の人生の幕を閉じる直前に力をふりしぼり「遺書」の代わりに残した作品です。「戦争のおろかさ」「原爆の恐ろしさ」、そして「人間のたくましさ」を自身の半生をふり返りながら語りつくした自伝。すべての子どもたちと、彼らを見守る大人たちに残したかった平和への思いが224ページの中に込められています。

作品詳細情報

タイトル:
はだしのゲン わたしの遺書
ジャンル:
実用教養人物評伝
著者:
中沢啓治
出版社:
朝日学生新聞社
掲載誌:
ファイルサイズ:
60.1MB
配信方式:
ストリーミング、ダウンロード

作品レビュー

[ 2013-3-23 ]

昨年12月に中沢啓治さんが亡くなった。白内障で視力がおとろえ、数年前に漫画家を引退されたが、原爆の経験を伝える講演活動はずっと続けておられたという。

『はだしのゲン』を最初に読んだのは小学校のとき。学童の本棚だったか、学校の図書室か、学級文庫か、どこにあった本だったかは忘れたが、こわくてこわくて、でも何度も読んだ。小学校の3年ぐらいのときには、市民ホールかどこかで、映画の「はだしのゲン」を見た。漫画で、ピカドンのあと、ゲンの父と姉と弟が家の下敷きになって火につつまれて死んでいくことは知っていたが、それが実写版の映画で描かれていて、倒壊した家が火につつまれる場面では、見たあとで「もう、お姉ちゃんは死んでたのかなあ」と言ったことをおぼえている。

ゲンは中沢さん自身だという。

この本には、表紙カバーにも、中の見開きにも、『はだしのゲン』から、いくつかの場面が掲載されている。ゲンの物語を思い出しながら、そこにうつしだされている中沢さん自身の「あの日」からの経験を読む。

▼ぼくは、小学一年生のときの原爆が落ちた日の情景を、いまでもありありと覚えています。恐怖心が吹き飛んで、ありのままをじーっと目に焼き付けていましたから、映画のセットをつくれと言われればつくれるほど、ここに死体がこんなふうにあって、うめいていたとか、そういうことが客観的に頭の中に入っている。左右にどういう死体が並んでいたとか、即座にぱーっと浮かんできます。
 六歳のぼくの網膜に焼き付いている原爆の姿を『はだしのゲン』で徹底的にかいてやろうと思ったのです。戦争で、原爆で、人間がどういうふうになるかということを徹底的に書いてやるぞ、とね。
 『はだしのゲン』は、被爆のシーンがリアルだとよく言われますが、本当は、もっともっとリアルにかきたかったのです。けれど、回を追うごとに読者から「気持ち悪い」という声が出だし、ぼくは本当は心外なんだけど、読者にそっぽを向かれては意味がないと思い、かなり表現をゆるめ、極力残酷さを薄めるようにしてかきました。
 原爆の悲惨さを見てくれて、本当に感じてくれたら、作者冥利につきると思います。だから描写をゆるめてかくことは本当はしたくなかったのです。
 こんな甘い表現が真に迫っているだろうか。原爆というのは本当はああいうものじゃない。ものすごいんだと。そういう気持ちが離れないのです。(pp.178-179)

あんなものじゃない、もっとすごいんだという経験を、そのとき、そこにいなかった人間はどう感じることができるだろう。経験者はいなくなっていく。二度とこんな経験をする人がないようにというその思いが、その人がこの世からいなくなることで消えないようにと思う。それには、どういうすべがあるだろう。

こないだ、児玉隆也の『君は天皇を見たか』を読んだせいもあって、昭和天皇が広島へ来た時の話が印象に残った。昭和22年の12月、焼け跡の沿道に市民と寒風にさらされた児童が並ばされ、手製の旗を無心に振った、という。

天皇が来る前に、学校では半紙が一枚ずつ配られ、真ん中に円をかいて赤で塗り、山で竹を採ってきて、その半紙を巻いてもってこいと先生に言われた、と中沢さんは書いている。

▼天皇陛下が広島においでになるから、全校児童が国旗を持って、歓迎すると言うのです。ぼくはそれをきいたときに、冗談じゃないと思いました。天皇の命令で戦争が始まり、その結果、原爆を落とされ、おやじたちは死んだのだ。なんで、その張本人に旗をふらなくちゃいけないんだと。翌日は、旗をつくらずに登校しました。
 …(略)…
 ぼくの目の前を、昭和天皇が乗った車が通りすぎました。白いマフラーをして、黒いコートを着て、座っている姿が見えました。
 みんなが「万歳! 万歳!」と言っている中で、寒さの中、体中が怒りで火のように燃え上がり、かーっと熱くなりました。飛びかかっていって、天皇の首にかみついてやりたいような気持ちになって、下駄で足元にあった瓦の破片をけりました。その破片は、天皇が乗った車のタイヤにあたって、ぴーんと跳ね返りました。
 原爆を受けた広島市民の慰問という形で天皇は来たわけですが、ぼくは、「慰問なら、イモの一つもくれりゃあいい」と思っていました。(pp.124-125)

中沢さんの母は、原爆で夫と子ども3人、自分の妹と弟、それにご両親を亡くしているということをこの本で知った。原爆のことなんか絶対に思い出したくもなかったし、漫画にもかきたくなかったという中沢さんが、原爆のことを漫画にかくきっかけとなったのは、母の死だった。火葬場で焼いたあと、灰ばかりで母の骨がなかった、のど仏の骨どころか頭蓋骨さえなかった、それは放射能が母の骨をくいつくしてスカスカのもろいものにしていたからだと中沢さんは書いている。「おふくろの骨を返せ!!」「絶対に許さんぞ!!」の思いが、中沢さんの原爆漫画の第一作『黒い雨にうたれて』になったのだという。

6歳の眼に焼き付いた被爆の光景。その中沢さんが亡くなって、『はだしのゲン』を久しぶりに読もうと思った。

(3/21了)

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