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バガヴァッド・ギーター

(123)
価格:720(税抜)
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作品レビュー

[ 2010-06-06 ]

個人的な思い出なのだが、上村先生にこの「ギーター」の講読の指導を受けたことがある。その時、先生がおっしゃっていたのは「『マハーバーラタ』を訳すと死んじゃうからね」ということだ。「バーラタ」の全訳に外国人で成功した人は一人もいないので、複数の人間で取り組んだ方が良いという趣旨のことをおっしゃっていたように思う。あとから考えるに、その頃はお身体をこわして、「マハーバーラタ」の全訳を半ば諦めかけていた時期だったようだ。その後、全訳に着手したことを喜んでいたのだが、あのような結果に終わりとても残念だ。

[ 2015-10-07 ]

この世に生まれたからには、定められた行為に専念する事。

あらゆる者の身体にあるこの主体(個我)は、常に殺されることがない。それ故、あなたは万物について嘆くべきではない。

もしあなたが義務に基づく戦いを行わなければ、自己の義務と名誉を捨て、罪悪を得るであろう。

相対を離れ、常に純質に立脚し、獲得と保全を離れ、自己を制御せよ。

あなたの職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。行為の結果を動機としてはいけない。また無為に執着してもならない。

執着を捨て、成功と不成功を平等のものと見て、ヨーガ(実践)に立脚して諸々の行為をせよ。ヨーガは平等の境地。

愚者が行為に執着して行為するように、賢者は執着する事なく
、世界の維持のみを求めて行為すべき。

賢者は専心して行為しつつ、愚者達をして一切の行為にいそしませるべき。

諸行為は全てプラクリティ(根本原質)の要素によりなされる。我執(自我意識)に惑わされた者は、「私が行為者である」と考える。しかし、要素と行為が自己と無関係であるという真理を知る者は、諸要素が諸要素に対して働くと考えて執着しない。

思考器官(マナス)は諸感官より高く、思惟機能(ブッデイ)は思考器官より高い。そして、彼(個我)は思惟機能よりも高い。自らの自己(アートマン)を確固たるものにして、欲望という難敵を殺せ。

自ら自己を克服した人にとって、自己は自己の友である。しかし、自己を制していない人にとって、自己は敵のように敵対する。

梵天(ブラフマー)の世界に至るまで、諸世界は回帰する。だが、
神に達すれば、再生は存在しない。

非顕現なものに専念した人々の労苦はより多大である。全ての行為を神のうちに放擲し、神に専念してひたむきなヨーガによって神を瞑想し、念想する人々は、生死流転の海から救済される。

神に知性を集中せよ、それができないなら常修のヨーガによって神に達する事を望め。もし、それもできないなら、神の為の行為に専念せよ。神の為に行為をしても、あなたは成就に達するであろう。もし、それもできないなら、神へのヨーガに依存して、自己を制御し、全ての行為の結果を捨てよ。

知識は常修より優れ、瞑想は知識より優れ、行為の結果の捨離は瞑想より優れている。捨離により、直ちに静寂がある。

全ての者に敵意を抱かず、友愛あり、哀れみ深く、「私のもの」という思いなく、我執なく、苦楽を平等に見て、忍耐あり、

常に満足し、自己を制御し、決意も堅く、神に意(こころ)と知性(ブッデイ)を捧げ、神を信愛する事。

苦楽を平等に見て、自己に充足し、土塊や石や黄金を等しいものと見て、好ましいものと好ましくないものを同一視し、冷静であり、非難と賞賛を同一視する。尊敬と軽蔑を同一視し、味方と敵を同一視し、一切の企図を捨てる。このような人が要素を超越した者と言われる。

世界には二種のプルシャ(人間)がある。一つは可滅のもの。可滅のものは一切の被造物。不滅のものは揺るぎなき者と言われる。しかし、実は三つ目のプルシャがあり、それは最高のアートマンと呼ばれる至高のプルシャ。

なすべきであると考えて、定められた行為を、執着と結果とを捨てて行う場合、それは純質的な捨離である。

最初は毒のようで結末は甘露のような幸福、自己(アートマン)の清澄さから生ずる幸福は純質的な幸福である。感官とその対象の結合から生じ、最初は甘露のようで結末は毒のような幸福。それは激質的な幸福である。最初においても帰結においても、自己を迷わせる幸福、睡眠と怠惰と怠慢から生ずる幸福、それは暗質的な幸福である。

何ものにも執着しない知性を持ち、自己を克服し、願望を離れた人は、放擲により、行為の超越の最高の成就に達する。

神に最高の信愛を捧げ、神の信者達の間にこの最高の秘密を説く人は、疑いなく神に至るであろう。

[ 2012-09-04 ]

行為に専心することに人の幸福があるという哲学を説いたインド思想の名著。
詩的表現の美しさとあいまって不思議な魅力を放っている。
ある種カースト制度の維持に欠かせない根本思想となっていた側面もあり、批判的な言説も多いが、ここまで人を魅きつけるのは一定の普遍性を帯びたメッセージがあったからであろう。
ともすれば、自由意志の放棄とも取られかれない主張でもあり、そのことが批判を生み出しもしたが、カウンターカルチャーという文脈からは強力な言説にされもした。

[ 2011-12-27 ]

ヒンズー教の聖典の一つ。

世界がどのようにできているかと英雄に対して神クリシュナが語るという内容。注釈もわかりやすく、くわしい。

読んでみるとなるほど、と言える記述に出会える。

[ 2012-08-15 ]

本編と解説を軽く読んでみた。
古い聖典だけど、わかりやすく訳してあると思った。
予備知識を強化しつつ、何度も読むとさらに面白そう。

[ 2011-05-06 ]

インド最古の古典で西暦1世紀頃にかかれた。インドの慣れない言葉で全てを理解はまだできていないものの教えは普遍的。例えば執着を捨て成功と不成功を平等のものと見てヨガに立脚して行為をせよ。行為の結果を動機としてはいけない。など。体で理解を近づけるためにヨガを再開したいと思う。

[ 2011-09-08 ]

[このレビューにはネタバレが含まれます]

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[ 2010-06-27 ]

原爆実験の直後にオッペンハイマー博士が引用したことでも知られるインド哲学の古典。


親族との運命の決戦を目の前に怖気づいてしまう王と、

その前に姿を現した神の対話を通じて、

心を平静に保つことや義務を遂行することの重要性を説きます。

[ 2010-06-26 ]

カルマヨーガの神髄が描かれています。
まさにバイブルです。
あなたのなすべきことは行為そのものにあり決してその結果にはない
生まれたものに死は必定であり死んだものには生は必定であるからそれ故不可避なものに嘆くべきではない

は決して生まれず死ぬことはない 彼は生じたこともなく、また存在しなくなることはない
物質との接触は寒暑苦楽をもらたし来たりては去り無常である それに耐えよ

[ 2009-11-26 ]

 インドが誇る珠玉の古典。2000年近くにわたって宗教思想家を中心に各時代のリーダーたちに愛読されてきた。『マハーバーラタ』を構成する掌編にすぎないが、「結果(=成功・不成功)に執着することなく定められた行為(義務)を遂行すれば、寂静の境地に達する」という定言の力強さに深い人生哲学を見出す者は後を絶たない。

[ 2017-12-18 ]

インドの古典哲学。ここに東洋哲学の源がみられる。多くの僧が学んできたことはここに礎があるように思う。ここには、色即是空に通じるものもあればポアの思想として悪用された原形もある。それくらい幅広く東洋的な哲学が展開されている。仏教徒にとっての旧約聖書のように思う。これが、あの思想や教えに繋がったのかたくさん発見がある書だと思う。

[ 2017-05-02 ]

東洋的な知恵。という観点からは、タオイズムなんかとあわせて、読んでなきゃ話しにならない的なムードが漂う古典。

その影響は、インド文化圏にとどまらず、広く世界中で愛読者がいるらしい。60年代のヒッピームーブメントでも、結構、人気の本だったんじゃないかな。 John Lennonの歌詞の中に「私はギータを信じない」というのが確かあったはず。

というわけで、前から気になっていたのだが、なんとなく読んでみることに。

戦争で親戚一同を敵にまわして戦わなければならない状況で、悩み戦意を喪失したアルジュナにクリシュナが、究極の教えを授けて、戦いの赴かせるというシチュエーションは大変ドラマティックだし、社会的な現世の努めを果たす事と悟りに至る道が両立することを示していて、その辺は、とても共感するのだが。。。。

けど、なんだかやっぱり分からないなー。解説を読んで、なんとなく分かったように気になるけど、本文を読んでもそれ以上の感想はでてこない。

[ 2018-10-09 ]

唐突に読みたくなって再読。再読なのでと言い訳して註釈は一切読んでないけれども…やっぱりインドのこういう思想に共感するなぁという思いとともに、色々と自省。もっときちんと自分を律して生きられるようになりたい。

[ 2015-02-26 ]

クリシュナの教えには度肝を抜かれる。そして、インドのスピリチュアルな教えを理解するためには一度は読むべき本

[ 2014-05-04 ]

ある国を理解するのに、その国の古典を知ることは非常に重要なことだ。インド、あるいはヒンドゥー教を知る上で、放擲、祭祀、ヨーガの意味は教養として必須事項であり、それを知るための最適な一冊。

[ 2017-03-21 ]

2017/3/21再読了。ニーベルンゲン、アーサー王、ケルト、ギリシャ神話とかそれぞれの国に残る伝説面白いな〜と思っていた頃に読んだのを再読。

アルジュナ(生徒)とクリシュナ(先生)のQ&Aみたいな話で、「親戚と戦争することになっちゃったんだけど戦いたくない」「いや、早よ戦えや」って問答。

結構危ない内容だと思うけど、問答はユニークだった。

アルジュナ
「めっちゃ良いこと言うやんアンタ。神様なんでしょ?本当の姿見せてよ」

クリシュナ
「しゃあないな、ホレ」

アルジュナ
「いやぁぁぁ!偉大過ぎて怖いっす。元に戻ってください」

クリシュナ
「しゃあないな、ホレ」

みたいなやりとり、笑ったわ。

[ 2019-03-21 ]

ヒンドゥー教の聖典。
親族との戦いをためらう王子アルジェナに最高神クシュリナが教えを説く。教えの内容はとても興味深く面白いけど、悪用されやすい面があるかも。

[ 2014-01-29 ]

確かに魅力的な聖典で、短いおかげで何度も再読したくなる。ヨーガやってる人は読んでおいて損はないし、インド文化、インド哲学における「実践」ということを考察するには必読。

[ 2013-05-10 ]

これを読んで人生を考え直すことは思いつかないが、主張を授業で話すことは可能。解説部分や、ドッグイヤーの部分に主張の根幹がある

[ 2013-01-09 ]

空洞化のうそ、ザ・フィフティーズおよびタオ自然学など、リファレンス多数。「神の歌」と訳されるタイトルのついた本書は、十八巻よりなる大叙事詩 マハーバーラタの第六巻に編入される、ヒンドゥ教でもっとも有名なインド古典とされている。

まえがき部分からどんどん神様が出てきて、がんがん子孫を産んでいく展開には、一瞬固唾を飲んだが、本編ではあらゆる迷いを断ち、本性から生ずる自己の行為にのみ専念することの重要性を説く。

オッペンハイマーも救いを求めた本書は、どこかアントニオ猪木の「行けば分かるさ」でも有名な清沢哲夫(暁烏哲夫)の「道」、あるいは般若心経と強い繋がりがあるように感じられた。

[ 2012-09-04 ]

なにしろ怒涛の「まえがき」がすごい。
2クールのアニメを「忙しい人のための」とかいって3分でまとめた動画を見たような感慨をおぼえる。そんなもん見たことないけど。

弟の嫁が先に長男うんじゃって、「あっちゃー、王子の権利がァ」とか思った兄嫁が自分の腹をおもくそ殴ったら鉄の玉のようなものが出てきて、それを「ギー」(バター状の乳脂らしい)を満たした容器にいっしょに入れて二年間保存しておいたらなんとそこから百人の子供が生まれたというくだりは、いくらなんでも天才すぎるだろと思った。天才!

とかとか、谷で神様を喜ばせたら(なにしたの?)好きなときに好きな神様を呼べる呪文を教えてもらったクンティー様が、あらゆる神様を次々に呼びだしてそれぞれの子を授かるというくだりも面白い。
女は貪欲だなァ、というかね。「神様1000万ください」とかじゃないものね。一度でハイ終わりってお願いはしない。神様の子供が欲しいなんて最高にゼータクな願いだろうに。

そして本編は。親戚同士の抗争に尻込みした戦士アルジュナを、クリシュナ(実は最高に偉い神様)が説き伏せ鼓舞するという内容。

ざっくり。
おまえは殺すっちゅーけどこの世にもあの世にも「殺す」なんてことはないのだぞ。輪廻転生ですね。クリシュナ様の境地だけが唯一、生を繰り返さないですむ場所みたい。
えーとそれで、行為のヨーガをしろと。もうぶっちゃけ行動しろよと。

仏教の人とかも(そんなこと言ってない)よく禁欲とか捨離とかいってね、行動すること自体を投げちゃうけど、それちょっと違くない? 行動しなきゃおまえ、いる意味ねーじゃん。いないじゃん。だから行為はしろ。そのうえで行為の結果を投げちゃえばいいの。それが正解。

まあ行為できないなら、私、信じちゃえば? 信じるものは救われるっていうしねー。(舞城王太郎読んでるからその口調になってきてる)

というわけで人間の性格として律すべきもの唾棄すべきものをクリシュナ様は次々に並べたてるわけです。だけどこういう「唾棄すべきもの」としてあげられる人間の性質って、あらゆる宗教でわりと似通ったところがあると思う。しかしここが東洋っぽいのかもしれんが、その理屈は決して「幸福のため」とか幸福に通ずる道として説かれているわけではなくて、もっと義務的なものなんだよなあ。

まあ、でもあれです。

解説読めばいいかもね。

[ 2016-08-03 ]

ヴァルナ、ジャーティー、ダルマ、ヨーガ、アートマン、ブラフマン、ニルヴァーナ、バクティ、カルマ、プルシャ、マナス、等々、仏教を含むインドの思想で学ぶ言葉が、ヒンドゥー教の聖典では実際にはどのように用いられるのか。それを垣間見ることができる。内容は繰り返しが多いので、言わんとしていることの大枠が理解できていればさほど難しくない。訳注、巻末解説も有用。

[ 2012-02-13 ]

これを読まずしてインドは語れないと言われ手にとった。「バガヴァッド・ギーター」(神の歌)は、ヒンドゥー教の古典の中でももっとも有名なもので、大叙事詩「マハーバーラタ」」に収められた。

簡単に言うと、「結果を考慮せず絶対者に委ね、行為そのものを目的とせよ」として、身内の殺し合いを正当化するお話。

冒頭のまえがきでストーリーの前提が説明されるが、登場人物がとても多く、名前を覚えるだけでも大変だ。

頭を使うな、という点は、オウム真理教の「頭をとる」修行や、人生の重要な事をしきたりで決定するシーク教を始めとする多くの原理主義宗教でも見られる。日本のオカミ意識や、製造業にも同様の傾向は見られる。
これらの文化では、マスのそれぞれは重要な選択を行わないことを善とする。しかし、選択が制限されていながらも、いやだからこそ自己決定感が強い傾向があるのも興味深い。

また、「考えるな」とは説くが行為は継続しろという。これは、老荘の「無為にして為さざるは無し」にも通じる。何も考えず、社会人として目の前の事にだけ集中してあくせく働きさえすれば、悟りに達して幸せになれる。

フロイトも、性倒錯は、行為と対象の分離によると指摘している。

こんな事と、個人主義のまん延と、「一人一人が考えよう」「みんなの〇〇」などという言説を見ていると、何が個人の幸せで、何が社会集団的に正しく、またそれを丁度よいバランスで実現する意思決定システムとはなんぞやと思うと、民主主義や市場メカニズムに付与しなければならない制約(という名のイデオロギーなのだが)を考える上でのヒントになるような気がしてくるけれど、集団の規模や設定する期間(と継続性)によって、解はおおきく違ってくるわけで(それも境界で急変したりする)、結局は何がいいかなんて、論理的にはわからない。

みんなが考えれば世の中が良くなるなんて、まだ私には信じられない。

[ 2018-10-14 ]

訳者による解説書(「バガヴァッド・ギーターの世界」ちくま学芸文庫)を併せ読むことで,より理解できるようになったと思います。

[ 2012-12-17 ]

長大なるマハーバーラタの第6巻、バガヴァッド・ギーター。
まえがきからとにかくいきなり、びっくりするけど、変身、獣姦、兄弟殺し。めくるめく神話はまさに夢。そして、仏教の諸行無常や寂静の思想の源泉としても読めてしまう恐ろしい詩経。
誰も、他人の代わりに夢を見ることはできない。自ら夢見たかったら、まずはこの聖典を繙かなければ!

[ 2011-09-09 ]

神が主宰する戦争。

信じる者は救われる、だそうです。

絶対平和主義も単なる主義の一つに過ぎないことが良く分かる。

[ 2014-12-02 ]

有名なインド叙事詩『マハーバーラタ』の一部。インド思想は多様で複雑だけれど、ここにエッセンスがギュッと凝縮されています。
ヒンドゥー教と聞くととっつきにくいけれど、行為の結果に執着することをやめよ、ただ神のために心を注ぎ、正しい行いをせよ、という教えは、仏教よりも分かりやすく受け入れやすいもののように感じます。
読み物としても面白く、人間の姿(仮)をしていたクリシュナが最高神であるところの真の姿を現わす場面はシビれます。インドの神様は説得力がすごい。強い。

[ 2011-11-02 ]

インドの宗教書で、ヒンドゥー教の重要な聖典の一つ。
難しい内容で分からないところも多々あったが、とてつもなく大きな哲学だった。
苦楽同一、批判も賞賛も同じと感じる、行為の結果を動機としてはいけない、世の中をよくしようと思わない、などなど、悟りとは凄まじい。そんな境地までは目指してませんがー、という気分になるが、ものすごく気になる。インドおそるべし。

[ 2011-10-30 ]

バガヴァッド・ギーター(岩波文庫)を読了しました。

P39 「あなたは職務は行為そのものにある。決してその結果にはない。行為の結果を動機としてはいけない。また無為に執着してはならない。」

バガヴァッド・ギーターには戦士では態度、生まれながらの義務を全う「無私の行為」を行うことの大切さを教示しています。例えば、それが道義的に疑問があったとしても、仮に報酬が貰えなかったり少なかったりしても、職務を修練の場として行為することができるだろううか。マントラを唱えたり、俗世をすてて山に篭ったり、滝に打たれたり、写経したりしなくても人間は行為することによって極致に達することができるのだろうか。

ブラフマン(ブラフマンは宇宙の源である。神聖な知性)とアートマン(自己)が一体になる(梵我一如)を目指すこと、それには知性と修練が必要である。これは、いわゆる成仏(仏陀になる)とどのような違いがあるのかを理解したい。当時のインド文化に関する本を読むことで理解へアプローチすることとしたい

一方で、行為の結果があまりに不可避の事柄であっても苦悩する必要がないのであれば、オッペンハイマー※は苦悩する必要がないのであろうかという思いもある。


※ オッペンハイマーは後年、古代インドの聖典『バガヴァッド・ギーター』の一節、ヴィシュヌ神の化身クリシュナが自らの任務を完遂すべく、闘いに消極的な王子アルジュナを説得するために恐ろしい姿に変身し「我は死神なり、世界の破壊者なり」と語った部分(11章32節)を引用してクリシュナを自分自身に重ね、核兵器開発を主導した事を後悔していることを吐露している。戦後、原子爆弾を生み出したことへの罪の意識からか、日本の学者がアメリカで研究できるよう尽力するようになった。

[ 2018-02-20 ]

「ギーター」の訳自体は半分ほどで残りは訳注と訳者解説。「ギータ―」部分は行間が広く文字も大きめで読みやすく訳注が細かく丁寧。解説も重要な個所をくまなくさらい補足しており、ここだけ読んでも充分だなと思う程、笑。印象的だったのは、魂(主体=個我)と身体は別であり魂は永遠に身体と言う器を替え続けるとすでに記載されていた事、善悪の判断や結果を動機とせず運命は決まっているのだから自身の与えられた役割をただ全うする事、クリシュナが自身に対する信仰信愛を何度も何度も繰り返し説いていた事。

[ 2012-12-31 ]

クル族の末裔アルジュナが代々続いた同族の戦いの意義に疑念を抱き戦意を喪失した。神として姿を現したクリシュナ(バガヴァット)が彼のためにヨーガの秘説を説いて鼓舞したのがバガヴァットギーター。その教えによってアルジュナの迷いは消失した。
戦わない思想は現代にも必要。

[ 2018-10-28 ]

【由来】
・宮原先生からもらった。彼にとって人生3つの書の1つらしい。

【期待したもの】


【要約】


【ノート】


【目次】

[ 2011-04-23 ]

古代インドの聖典として最も有名なこの本は、部分訳を読んだことがあるものの、ちくま学芸文庫で「マハーバーラタ」全巻読みたいと思っていたらどんどん絶版になってしまったので、読み逃していたのだった。
物語のなかの一コマだが、中身は神=クリシュナが人間に説教する話で、ウパニシャッド聖典らしい内容。
かなりわかりやすく、興味深いが、幾つかの点でこの本は異様な面を持つ。
まず、神(クリシュナ)を信じよ、帰依せよ、と迫る辺りが、古代インドらしからぬ他力本願で、仏教っぽいところもある。
次に、人間アルジュナは親族を殺さざるを得ない戦争に駆り出されて逡巡しているのだが、クリシュナは「さだめられた行為をせよ」と諭す。つまり、置かれた立場において、なすべきとされたことをしろというのだが、この考え方でいうと、その立場に置かれたら極悪非道な行動も正当化されてしまう。どこまでも戦争は正しいものとされ、血で血を洗う惨劇はとどまらない。西洋化した思考の枠組みの中にいる我々にとっては、「個人」の善悪の判断=理性を棄てているように見えるので、なかなか首肯しがたいものがあるかもしれない。
また、上記の点とも矛盾を感じるのだが、「行為を棄てよ(捨離)」と言いながら、「祭祀、布施、苦行(といった行為)は必要」と補足する。つまり、「宗教」の維持にとって必要なものは、称揚する。これも一種の「体制」の自己擁護には違いない。

全般に、他のウパニシャッド聖典に比べ、わかりやすいが、適度にゆるく、哲学というより「ヒンドゥー教」を代表する本と言えるかもしれない。もっともヨーガに関する講話など、古代インド哲学ふうなおもしろさも含まれている。

[ 2012-05-22 ]

意外と面白かったなあ。
予備知識を仕入れていたせいかな。

自己啓発書、ビジネス書の源流じゃないかなあ。

…ブラフマン・アートマン・梵我一如。

あと、聖書/聖典特有の「社会、超越者、聞き手(一般人)」という構造を持っている。大衆に浸透しやすいのかも。「オンバト」、「レッドカーペット」の類型。

[ 2016-12-19 ]

ヨガからたどり着き、読んでみたかったヒンズー教の聖典、ヴァガバッドギータを読了。

「何者にも執着しない知性を持ち、自己を克服し、願望を離れた人は、放擲により行為の超越の、最高の成就に達する。」

その国を深く理解する意味でも、古典は良い教養になる。また、ヨガをやる者としても自己を見つめるきっかけにしたい。

[ 2014-02-14 ]

読むほどに陶酔が襲う。この文体(スタイル)が秘める力はアルコールや薬物に近い。快楽中枢(側坐核)を直接刺激する美質に溢れている。
http://sessendo.blogspot.jp/2014/02/blog-post_14.html

[ 2013-04-20 ]

[このレビューにはネタバレが含まれます]

続きを表示

[ 2013-07-31 ]

行為の結果を動機とするのはやめて、ひたすら行為そのものに集中しなさい…。

こんな至言をあんな昔に思いついたインド、やっぱ哲学的にはチートだと思う。みんな救え!とか見捨てるな!とか言ってる時に「救われるかどうかに意味はない、ただ宇宙のあるがままと同一になりなさい」とか…。頭では解るけど難しすぎ。読んだあと無性にマニカルニカー・ガートに行きたくなった。あそこはヒンドゥー教の聖地だけど。

[ 2011-01-06 ]

■ あらすじ
- 王国の領地の争いに参加した、アリジュナとクリシュナ。敵地を見るとクリシュナの友人、知人、父親、祖父、兄弟、息子、孫がいることを知り、戦士としてどうすべきか迷いが生じる。クリシュナの迷いを見たアリジュナが自己とはどうするべきものであるかを説き、クリシュナを苦しみから解放する
■ よかった点
- バガヴァッド・ギーターが分かりやすい日本語でまとめられている(はず)
- バガヴァッド・ギーター自体の内容はシンプルでブレがなく、人(自己)というもののあり方をこんこんと説明していた
■ 悪かった点
- 用語が多く、読み方が難しいため文章を読んでも詳細はつかみにくい
- バガヴァッド・ギーターが語られるまでのあらすじが書かれているが登場人物が多く、古書を訳しているため、なにがどうなっているのか理解しきれなかった
- 十分に理解するためには何度も読むか、注釈を見ながら時間をかけて読む必要がある
■ この本に適している人
- バガヴァッド・ギーターに興味がある人
- 古代インドにおける自己はどうあるべきか、どうなることが人にとって幸せかについての考えに興味がある人